“即戦力”を求めすぎて採用が進まない問題
採用の相談をいただくときに、最も多く耳にする言葉のひとつが「即戦力が欲しい」というフレーズです。
確かに、事業を前に進めるには、経験豊富ですぐに活躍できる人材は魅力的に映ります。経営者や現場から見れば、「教えなくても成果を出してくれる人」が来てくれるに越したことはありません。
しかし実際には、この「即戦力」にこだわりすぎることで、採用がなかなか進まなくなるケースが少なくありません。
即戦力を求める心理の背景
企業が即戦力を求めるのは当然のことです。特にベンチャーや中小企業では、人材育成にかけられる時間やコストが限られており、「一から育てる余裕がない」という現実があります。
また、これまで自分たちが経験した“苦労”や“不足”を埋める存在を求めるあまり、理想像がどんどん高くなってしまうこともあります。
「これができて、あれもできて、できればこの経験もあって…」と条件を積み重ねていくと、求人票に並ぶのは“完璧な人材像”。けれども、それにマッチする候補者はほとんど市場に存在しないのが現実です。

事例:成長企業A社の採用停滞
ある成長中のIT企業A社のケースです。
営業組織の強化を目指して「即戦力のtoBセールス経験者」を募集しました。しかし、要件を詳しく聞いてみると——
- SaaS営業の経験があること
- 新規開拓と既存深耕の両方の実績があること
- マネジメント経験も望ましい
- さらに「スタートアップ経験があれば尚可」
…と条件が次々に加わっていきました。結果として求人票には“理想のスーパー営業人材像”が並び、半年間で応募は数件。採用は一人も決まりませんでした。
そこで要件を整理し直し、「SaaS未経験でも営業の基本スキルがあればよい」「マネジメントは将来的に担ってもらえればいい」と基準を引き算したところ、応募が一気に増加。結果的に、入社したBさんは未経験からSaaS営業を学び、半年後にはチームリーダーとして活躍するまでになりました。
この事例から分かるのは、「即戦力」よりも「成長力」を重視することで、採用の可能性が広がるということです。
“即戦力”の定義はあいまい
そもそも、「即戦力」とは何を意味するのでしょうか。
同じ言葉でも、経営者と現場担当者、あるいは人事とマネージャーで解釈が違うケースがよくあります。
ある企業では「同業界での経験がある人」を即戦力と呼び、また別の企業では「未経験でも地頭がよく成長スピードが速い人」を即戦力と呼ぶこともあります。
この定義が共有されないまま採用活動を進めると、面接での評価基準もバラバラになり、「いい人材が来ない」「決まらない」といった結果を招きます。
“成長力”を見極める視点を
候補者が持つ経験やスキルが、今の会社に100%フィットすることは稀です。
むしろ、70%程度フィットしていて、残りを学びながらキャッチアップしていく。その余地こそが、その人材が長く会社に定着し、組織の文化を吸収して成果を出していく原動力になります。
具体的には以下の視点が有効です:
- 学習意欲:新しい知識や業務に取り組む柔軟性があるか
- 課題解決力:与えられた仕事だけでなく、自ら課題を見つけ改善できるか
- 協働性:チームで成果を出す姿勢があるか
これらは職務経験だけでは測れない部分ですが、面接でのエピソード質問やワーク課題を通じて確認することができます。
採用要件を“足し算”から“引き算”へ
採用がうまくいかないとき、多くの企業は要件を「足し算」で考えてしまいます。
「やっぱりこれもできてほしい」「このスキルも欲しい」と条件を増やすほど、母集団は狭まり、採用難易度は上がる一方です。
そこでおすすめしたいのは、「引き算」で要件を見直すこと。
- このポジションで絶対に必要なスキルは何か?
- 入社後に学べば十分なものは何か?
- 経験よりも志向性や価値観でマッチすれば良いものは何か?
こうして優先順位を整理することで、候補者の幅はぐっと広がります。
“育成前提の採用”が組織を強くする
短期的には即戦力を求めたくなるのは自然なことです。
ですが、長期的な組織づくりを考えると、「育成前提の採用」を戦略に組み込むことが欠かせません。
先ほどのA社の例でもそうでしたが、“未経験でも伸びる人”を迎え入れることで、組織全体が「育てる文化」を持ち始めます。それが結果的に、定着率やチームの強さにつながっていくのです。
おわりに
「即戦力を求めるあまり、採用が進まない」──これはどの企業でも一度は通る“あるある”の悩みです。
しかし、この壁を乗り越えることができれば、採用の幅は確実に広がり、組織の成長力も高まります。
採用は未来への投資です。
目の前の穴を埋めるだけでなく、「この人と一緒に未来をつくりたい」と思える人材をどう見つけ、どう育てていくか。そこに、人事の本当の腕の見せどころがあるのではないでしょうか。


