経営陣が「制度を作れば組織が変わる」と信じすぎる問題
「評価制度を入れたい」「等級制度を整備したい」「報酬体系を見直したい」——。
人事制度の相談をいただくとき、経営陣から最初に聞く言葉はほとんどこの3つです。
組織の課題を解決する手段として“制度を整える”ことを選ぶのは、決して間違いではありません。
ただし、ここには一つの落とし穴があります。
それは、「制度を作れば組織が変わる」と制度そのものに過度な期待を寄せすぎることです。
制度は“目的”ではなく“器”にすぎない
人事制度は、組織を良くするための手段であって目的ではありません。
にもかかわらず、現場では制度が“ゴール”のように扱われることが多くあります。
「制度を導入したから人材マネジメントは整った」
「評価基準を明文化したから公平になった」
こうした安心感が生まれる一方で、運用フェーズに入った途端、現場の混乱や摩擦が起きます。
理由はシンプルで、制度は“器”に過ぎず、その中身を運用するのは“人”だからです。
制度が機能するためには、
- 経営陣が自社の価値観を言語化できているか
- 管理職が制度の意図を理解し、説明できるか
- 社員が評価や等級を“納得感ある基準”として捉えられるか
といった文化的・運用的な整備が不可欠です。

事例:制度を整えたのに、社員が離れた会社
ある中堅IT企業E社では、組織の公平性を高める目的で新たな等級・評価制度を導入しました。
外部コンサルタントを入れ、半年かけて設計。完成度の高い仕組みでした。
しかし運用初年度、社員アンケートでは「制度が複雑で分かりづらい」「結局、上司によって違う」と不満の声が噴出。
さらに離職率は前年よりも上がってしまいました。
分析の結果、制度導入後に「制度を理解し、活かす人」を育てるプロセスが欠けていたことが分かりました。
マネージャー研修や評価者トレーニングを実施しておらず、社員説明会も「制度概要の説明会」にとどまっていたのです。
制度そのものは正しかった。
けれど、それを使う人たちが整っていなかった。
このミスマッチこそが、多くの企業で制度が形骸化する原因です。
制度は“構造”ではなく“文化”である
人事制度は「構造」で組織を変えるものではなく、「文化」で支えるものです。
制度の設計段階で「会社は何を重視するのか」「どういう行動を評価するのか」が言語化されることで、初めて制度は意味を持ちます。
つまり、制度は“企業文化の翻訳装置”でなければならない。
例えば、挑戦を大切にする会社であれば、「失敗を恐れず行動したこと」を評価軸に入れる必要があります。
逆に、安定と品質を重んじる会社であれば、「正確性や継続的な改善」が重視されるべきです。
この価値観の設計を経営陣が自ら語り、管理職が現場で体現すること。
それがあって初めて、制度が“生きる”のです。
“制度を作る前に整えるべき3つのこと”
人事制度の見直しを検討している企業に、私がいつもお伝えしているのが次の3点です。
①理念・バリューの再確認
制度は組織の価値観を反映するもの。理念や行動指針が曖昧なまま設計を進めると、制度が迷走します。
②マネジメントラインの理解と合意形成
運用の主役は現場マネージャーです。制度内容を“説明できる人”を育てなければ、社員には伝わりません。
③制度運用のサイクル設計
設計よりも、運用・振り返りのサイクルが重要です。制度導入後の半年・1年でレビューし、改善する文化を持つことが、定着の鍵です。
おわりに:制度は“完成”しない
制度は作った瞬間がスタートです。
組織のフェーズや人材構成が変われば、常にアップデートが必要になります。
経営陣が「制度を作れば変わる」と考えるのではなく、
「制度を使いこなせる文化を育てる」ことこそが、真の人事戦略です。
人が制度に合わせるのではなく、制度が人と組織の成長を支える。
そんな“しなやかな仕組み”を育てていくことが、これからの人事に求められています。


